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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)17914号 判決 1991年7月31日

原告

久保井浜子

右訴訟代理人弁護士

坂井興一

海部幸造

被告

吉沼昌祐

右訴訟代理人弁護士

西村隆雄

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を収去して、別紙物件目録二記載の土地を明渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一  請求原因

1  原告の父久保井銀次郎は吉沼常吉に対し、別紙物件目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)を建物所有の目的で賃貸し、吉沼常吉は右土地に別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築していたが、右賃貸借契約の存否につき紛争が生じたため、右久保井銀次郎を相続した原告と吉沼常吉との間において、昭和三七年五月一一日、原告は吉沼常吉に対し、右賃貸借契約が昭和一六年六月一日からその期間を二〇年とするものであること及び右契約が昭和三六年六月一日に更新されたことを確認し、吉沼常吉は原告に対し、昭和五六年五月三一日限り本件土地を返還すること等を骨子とする別紙記載の裁判上の和解が成立している。

したがって、本件賃貸借契約は昭和五六年五月三一日を以て終了している。

2  ところで、吉沼常吉は昭和三九年三月一三日に死亡したため、同人の妻吉沼ふきが本件建物の所有権及び本件賃貸借契約の賃借人の地位を相続し、次いで昭和五四年一二年二九日に吉沼ふきが死亡したため、被告が本件建物の所有権及び本件賃貸借契約の賃借人の地位を相続している。

したがって被告は本件建物を収去して本件土地を明渡す義務を有するものである。

3  よって、原告は被告に対し、本件賃貸借契約の終了を原因として、本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告が原告主張の経緯で本件建物の所有権及び本件賃貸借契約の賃借人の地位を取得した事実は認める。

三  抗弁

被告は、昭和五四年一二月二九日に吉沼ふきが死亡したため、同人を相続し、以来本件土地上に本件建物を所有し右土地を使用している。

したがって、本件賃貸借契約は借地法六条により昭和五六年六月一日を以て更新され、未だ終了していない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、昭和五四年一二月二九日に吉沼ふきが死亡したため、被告が吉沼ふきを相続し、以来被告が本件土地上に本件建物を所有し右土地を使用している事実は認める。

五  再抗弁

1  原告と吉沼常吉間の前記和解は、本件土地につき原告と吉沼常吉間に賃貸借契約が有効に存続しているか否かの紛争に関し成立したものであるところ、右和解において、吉沼常吉は原告に対し昭和五六年五月三一日限り本件土地を返還する旨約しているばかりか、更新料を支払っていないし、吉沼常吉を相続した吉沼ふきは原告の要求にもかかわらず昭和五六年五月三一日に明渡すことを理由にして右同日に至るまで賃料の増額に応じていない。

したがって、吉沼常吉が原告に対し昭和五六年五月三一日限り本件土地を返還する旨を約した和解条項は単に賃貸借契約の終期を定めたものではなく、本件賃貸借契約は終了後更新されないことを定めた規定と解すべきである。

2  原告は本件賃貸借契約が終了した昭和五六年五月三一日以降再三に亘つて被告方を訪れ、本件土地の明渡しを求めるなど遅滞なく異議を述べている。

そして、右1記載の事実に照らすと、右異議については正当な事由がある。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実中、前記和解に原告主張の条項が存すること、右和解において吉沼常吉が原告に更新料を支払っていないこと、吉沼ふきが原告の要求にもかかわらず昭和五六年五月三一日に至るまで賃料の増額に応じていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一原告の父久保井銀次郎は吉沼常吉に対し、本件土地を建物所有の目的で賃貸し、吉沼常吉は右土地に本件建物を建築していたが、右賃貸借契約の存否につき紛争が生じたため、右久保井銀次郎を相続した原告と吉沼常吉との間において、昭和三七年五月一一日、別紙記載のとおりの裁判上の和解が成立し、右和解において、原告は吉沼常吉に対し、右賃貸借契約は昭和一六年六月一日からその期間を二〇年とするものであること及び右契約が昭和三六年六月一日に更新されたことを確認し、吉沼常吉は原告に対し、昭和五六年五月三一日限り本件土地を返還する旨約していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

しかして、右事実によれば、本件賃貸借契約は昭和五六年五月三一日を以てその期間が満了したものといわなければならない。

二ところで、吉沼常吉が昭和三九年三月一三日に死亡したため同人の妻吉沼ふきが本件建物の所有権及び本件賃貸借契約の賃借人の地位を相続し、次いで昭和五四年一二月二九日に吉沼ふきが死亡したため、被告が本件建物の所有権及び本件賃貸借契約の賃借人の地位を相続したこと、以来被告が本件土地上に本件建物を所有し右土地を使用していること、以上の事実は当事者間に争いがないから、原告が右土地の使用継続に対し遅滞なく異議を述べかつ右異議につき正当の事由が存しない限り、本件賃貸借契約は昭和五六年六月一日を以て更新されたものと看做されることになる。

三原告は、吉沼常吉が原告に対し、昭和五六年五月三一日限り本件土地を返還する旨約した前記和解条項は単に賃貸借契約の終期を定めたものではなく、本件賃貸借契約が期間満了後は更新されないものであることを明らかにした規定であり、したがって本件賃貸借契約は昭和五六年五月三一日を以て終了している旨主張するので検討する。

確かに原告主張の和解において、吉沼常吉が原告に対し、昭和五六年五月三一日限り本件土地を返還する旨約しており、さらにまた吉沼常吉の相続人である吉沼ふきが昭和五六年五月三一日に至るまで賃料の増額に応じていないことは当事者間に争いがなく、右事情を併せ考えると原告と吉沼常吉とは右和解において本件賃貸借契約を昭和五六年五月三一日を以て終了させ、右終了後はこれを更新しないことを約する趣旨で右条項を設けたものと解する余地がないわけではない。

しかしながら、借地法六条は、借地権者が借地権の消滅後も土地上に建物を所有して土地の使用を継続する場合、土地所有者が遅滞なく異議を述べかつ右異議につき正当の事由を有しない限り、土地の賃貸借契約は更新されたものと看做される旨定めており、同法一一条は右六条に反する約定で借地権者に不利なものは効力を有しない旨定めているから、仮に原告と吉沼常吉とが前記和解において本件賃貸借契約を昭和五六年五月三一日を以て終了させ、右終了後はこれを更新しないことを約する趣旨で前記条項を設けたものであったとしても、更新を排除する旨の右約定は同法一一条により効力を有しないものといわなければならない。

そして、原告主張のごとく、吉沼常吉が前記賃貸借契約の更新に当たり更新料を支払わず、かつ吉沼ふきが昭和五六年五月三一日に至るまで賃料の増額に応じなかったとしても、右事情の存在により右判断を左右することは到底できない。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

四次に、原告は本件賃貸借契約の期間が満了した昭和五六年五月三一日以降本件土地の使用継続につき遅滞なく異議を述べた旨主張するが、本件全証拠を検討するも右主張に副う証拠は原告本人尋問の結果を除いて他にないところ、右主張に副う原告本人尋問の結果は具体性を欠き俄に信用できないのみならず、仮に原告主張のごとく原告が遅滞なく異議を述べていたとしても、原告において主張する正当事由は、前記和解において、吉沼常吉が原告に対し昭和五六年五月三一日限り本件土地を返還する旨約していること、右和解は、その存否につき争いがあった賃貸借契約につきなされたものであるにもかかわらず、原告において更新料を徴収していないこと及び吉沼常吉の相続人である吉沼ふきが昭和五六年五月三一日に明渡すことを理由にして右同日に至るまで賃料の増額に応じていないことのみであるが、右事由を以て本件土地の明渡を求めるための正当事由とすることはできない。

したがって、原告の本件土地明渡請求は正当事由を欠くものといわなければならない。

五そうすると、原告の本訴請求はその余の点につき検討するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官福井厚士)

別紙和解条項

一 久保井浜子は吉沼常吉に対し、久保井銀次郎と吉沼常吉間の、東京都大田区馬込町一四一―一四八三番地八五坪につき普通建物所有を目的として、昭和一六年六月一日から期間二〇年、賃料坪当り金八円、賃料支払日は、毎月末日とする賃貸借契約が、昭和三六年六月一日更新されたことを認める。

二 吉沼常吉は久保井浜子に対し、前項の土地を昭和五六年五月三一日限り返還すること。

三 久保井浜子は吉沼常吉から昭和二八年五月一日以降賃料概算払として受領した金七万七〇〇〇円を昭和三六年五月末日までの賃料として充当する。

吉沼常吉は、右期間中の清算上の過剰分は抛棄する。

四 昭和三七年六月一日から賃料月額金一七〇〇円(坪当り金二〇円)と定め、吉沼常吉は久保井浜子に対し毎月末日限り持参して支払う。

ただし、昭和三六年六月一日から昭和三七年五月三一日までの賃料合計金二万四〇〇円は昭和三七年五月三一日限り支払うものとする。

五 吉沼常吉が第一項の土地につき、久保井浜子の承諾なく賃借権の譲渡、転貸をしたとき、または賃料の支払を六ケ月分以上怠ったときは、久保井浜子は賃貸借契約を解除することができる。

六 吉沼常吉が右地上建物につき増築または改築をなさんとするときは、久保井浜子の承諾を得なければならない。

七 吉沼常吉はその余の請求を放棄する。

八 訴訟費用は各自弁とする。

別紙物件目録一

所在 東京都大田区南馬込五丁目一四八三番地

家屋番号 一〇二番の二

種類 居宅

構造 木造瓦葺平屋建

床面積 52.89平方メートル

別紙物件目録二

所在 東京都大田区南馬込五丁目一四八三番地

地目 宅地

面積 280.99平方メートル

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